月を超えて旅に出るには

心って成長するのかな

たまにはエネルギーを入れる曲を

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1992年に世に出た中西圭三さんのヒット曲ですね。

最近ちょっと元気のある時にはこの曲をリピートして聴いています。

まだまだ心の傷がいえるには時間がかかりますが、泣いて泣いて吐き出して空っぽになったところにエネルギーを入れるように聴いています。

 

私はあるものを失い、とても立っていられない状態でした。

それでも社会生活は普通に行わなければならず本当につらい。

 そのあとしばらくは自分で自分を立て直すことができず、慰める言葉を求めて右往左往しました。

時間を巻き戻せたらどんなにいいか、あの頃の自分に助言ができたらどんなにいいか。

「おまえはそれをいずれ失うのだよ」

言いたいことはもっと言っておけばよかった。

喧嘩するという意味じゃないですよ。

感謝とか大事だとか、そういうことをもっともっと伝えておけばよかった。

もしいま大事な人がいたら、ちゃん伝えてほしいな。

勇気いろいろ

 そうそう、これだ、twitterで話題の中にあったツイート。

昨日書いた「嫌われる勇気」の言い換え。

嫌われるってちょっとぼやっとしてるけど、より細かく言うとこんなにある。

多分もっとある。

でも見捨てられる、とか、バカにされる、だけだと傷つくけどそのあとに勇気をつけるとなんだか前向き。

「仲間外れにされる勇気」なんてのも今の私にはしっくりくる。

私は女性らしい趣味趣向がないので女性の輪に入りにくいのです。

そんな中に入って無理やり他人に合わせて楽しくもないドラマ見てグルメの話して芸能人がどうとか、ほんとどうでもいい。

なのでこれは自分で選んでそうなっている。

「ガッカリされる勇気」は承認欲求をへこませるから持ってない。

「見捨てられる勇気」はもちろんないけど無理やりそっちにもっていかないと心がもたない。

勇気かぁ・・・

 

承認欲求の否定

最近「嫌われる勇気」ってドラマありましたよね。

「嫌われる勇気」ってもともと心理学者のアドラーのベストセラー作品。

私は読んでいないし、ドラマも見ていないのですが、ここに「承認欲求を持つな」という文言があるのですね。

承認欲求は先日も書いた通り、私がとっても強く持っているもの。

これがあるがゆえに今かなり苦しんでいます。

承認欲求は他人に認められたいとか他人のためにとかいう他人本位な行動で、でも自分が認められたいという自己満足も含んでいてとっても複雑な気持ち。

結局は他人にとても依存した状態なんだと思います。

なのでその認めてほしい人に拒絶されると世界を失ってしまうんです。

私は今、世界がない状態なのでとっても苦しい。

アドラーは他人を優先していると自分の本来取り組むべき人生の課題に取り組めなくなるよと言っているそうです。

確かに他人に依存するとそこに時間も力も注ぐので、自分のやりたいことは二の次さんの次、後回しにしてやらなくなってしまいます。

他人に振り回されるのが居心地がいいんです。

なのでそれがなくなるともう何していいんだかわからない。

今はここから抜け出そうと必死に耐えています。

占いとかにも行ったし(;´・ω・)

やっぱり一時は何かにすがりたくなるんですよね。

あんまりディープなものにはまりたくないので、なんとかライトなところで踏ん張っています。

 

今日は久しぶりにタロットカード買ってきました。

ドリーンバーチューのフェアリータロットカード。

一枚引いたら夏の8。

「このカードはもはや自分にとって最高のものではない状況から立ち去る決心を表しています」

まさしく転機のカード。

やっぱ変わるしかないですか・・・(ノД`)・゜・。ウワーン

見捨てられ不安

「見捨てられ不安」

世の中にはこんな言葉があるそうです。

 境界性パーソナリティー障害の一種だそうです。

行き過ぎると相手に何十回も連絡を入れたり自傷行為に及んだり激しくなるらしい。

かなり攻撃的ですね。

私はそこまではないなぁ・・・むしろすでに見捨てられている(*´з`)

見捨てられショック状態か。

 

このブログによると専門用語らしいです。 

https://ameblo.jp/cocoro-no-office/entry-12198445187.html

ただ、このブログに書いてあるように

 

虫さされが全身に100カ所以上あって

かきたくて、かきたくて、かきたくて

仕方なくなるような

くるおしい感覚の不安感。(上のブログからの抜粋です)

 

それそれ、その感覚はすごくわかります。

今その真っ最中。

なんなんでしょうね、この感覚。

うぉぉぉぉおおおーっ!って頭かきむしって走って壁にでもぶつかりたくなる。

こんな感覚出る人、ほかにもいたんですね。

でも肝心のこのブログ主は2016年の12月にセラピスト活動休止してしまってました。

 

こんな感覚はやく抜けたい。

言の葉の庭

「私、あなたに救われてたの」

 

「君の名は」で一躍時の人となった新海誠監督のアニメ作品「言の葉の庭

写真と見まごうばかりの鮮やかで美しい背景と情緒的な雨の情景。

このアニメの主人公、雪野が泣きながら孝雄に訴えかける言葉です。

私もこれが言えたなら少しは楽になれるのかな。

 

27歳の女性、雪野由香里と15歳高校一年生の男子、秋月孝雄が雨の日にだけ約束もなしに庭園の屋根付きベンチで会ってそれぞれの日常を重ねながらストーリーが進みます。

約束なんてしていない。

雨が降ればあの人がいる。

そこでたわいない会話をするだけなんだけど、それがとてつもなく大事なものになっていきます。

でも梅雨はやがて開けてしまう。

 

雪野は苦しみを抱えていて孝雄と話をするこの時間だけが唯一の癒しでした。

それをずっと黙っていて最後に孝雄と感情をぶつけ合ったとき、本当に最後に絞り出すように言ったのが最初に書いたセリフなんです。

誰かにとってささいなことが、誰かにとっては自分のすべてなくらい大事なこともある。

 

ここでエンディングにかかる曲は大江千里さんが昔作詞・作曲した「Rain」です。

この曲も情緒があります。

 

「心のすみだけで傷つくような君ならもういらない」

やさしい歌なんですが、この言葉が刺さります。

それでもまだ「行かないで」と言うのが心に痛いです。

承認欲求

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、他人から認められたいとする感情の総称である(wiki)

 

最近気が付いたこと。

私は承認欲求が強い。

誰かに認められたい、誰かに褒めらもらいたい、誰かに甘えたい。

でも、まずは自分で自分をほめてやらないといけないらしい。

でないと誰かにってことはその誰かに依存していることになって、その誰かがいなくなると立っていられなくなるから。

ということは私は他人に依存する気持ちが強い。

私には他人の役に立ちたいという気持ちがある。

それはいいことだと思っていたしいいことだと今でも思う。

でも結局それって他人の役に立って、認められたい褒められたいだけなんじゃないの?

それって結局自己満足なだけじゃないの?

そういう考え方もあるなと思ったら、やっぱり他人に依存しているだけなのかも。

自分を自分で認めてやれたら、他人の評価なんて気にしなくなる。

どうでもよくなって、もっと生活が簡単になるのかも。

でもね、長くそんな考え方でやってきちゃったもんだから垢のようにこびりついてしまってなかなか落ちないのね。

瞑想したり先日書いた未来の変え方をやっているけど、そう簡単には人間変わらないものね。

苦しくて、誰かに認められたくて胸をかきむしりたくなる衝動にかられる。

みんなそんなに大人なのね。

私はいまだにこんなことで苦しんでる。

今まで人の評価を気にして人の役に立とうとして誰かに私のことをわかってもらいたがって。

その人がいなくなるともう立っていられなくなってる。

 

私は自分を変えないといけない時期にきているらしい。

これは自分で選んだことらしい。

私は大事な人のために祈ることばかりしてきた。

その人がより良くなりますように。

その人の願いが叶いますように。

 

でも自分に目を向けないといけない時期にきているらしい。

その人への願いはもう届かないから。

次は自分の運は自分のために使う。

この苦しみを抜けたら自分に目が向いて直感が冴えてきて自分の願いが叶うようになると言われた。

それまで耐えられるのかなぁ・・・今はまだ道の途中。

 

7月3日雑記

本当に辛い時、その感情を思いっきり吐き出すとちょっとすっきりしたりします。

一人でいるときに気持ちにヒットする言葉が入った曲をかけてわーっと泣く。

私は大切なものを失ったので、喪失感が激しく、西川貴教さんの「Boarding」聴いたりします。

「声にならない声を~(以下自主規制)」とか聴くと、人込みの中でたたずんで孤独を感じる自分の姿が思い浮かびます。

でも、そうやって吐き出せればまだましな方で、泣くことも叫ぶこともできないもやもやした状態になると苦しくなります。

いやな感じに囚われると体の中を冷気が動き回るような痛い耐えがたい感じになるので余計つらい。

こんな症状でるの私だけなのかな。

他の人はどうやって乗り越えるのかな。

 

私はある人にこの苦痛から脱出するのは8月くらいになりそうと言われました。あと2か月も続くなんて耐えられない。

最近は瞑想も始め、朝晩20分ずつくらいじっと雑念を追い払う時間を作っています。

瞑想は海外でも流行っていて、あのスティーブ・ジョブスもやっていたそうです。

前にテレビでお坊さんと一般人が瞑想をしたのを比べたんだったか、そんな感じの番組をやっていて、一般人はじっとしているようでもぐらぐら動いていましたが、お坊さんは微動だにしないくらいどっしりしていました。

そんなふうに何があっても心も頭も動じない、そんな心持になってしまいたいー